見波利幸氏 インタビュー 見波利幸氏 インタビュー

メンタルヘルスの黎明期よりいち早く1日研修を実施するなど日本のメンタルヘルス研修の草分け的な存在である見波利幸氏。2015年には一般社団法人日本メンタルヘルス講師認定協会代表理事に就任し、企業研修のほか、カウンセリングや職場復帰支援、カウンセラー養成の実技指導など幅広く活躍する氏に、メンタルヘルスの観点から健全な組織のあり方と飲み方について話を聞く。

「いい職場」とは
適切なマネジメントが行われている職場

心が折れる職場」を拝読しました。内容も非常に興味深かったのですが、飲み方改革実行委員会としては帯の「飲み会なし 雑談なしは 危険信号」というコピーが気になりました。

見波さん:まずお伝えしたいのは、飲み会や雑談というのは結果であって、飲み会や雑談をすればいい職場になるわけではないということです。いい職場だから、雑談もあるし飲み会も開催されるわけで、よくない環境を改善するために飲み会を開くというのは間違っていると私は思っています。

なるほど。そうやって開かれる飲み会が「会社の飲み会に行きたくない」という人を増やしているのかもしれませんね。では、見波さんはどういう職場が「いい職場」だとお考えですか?

見波さん:適切なマネジメントが行われている職場です。部下一人ひとりが将来を見据えながら自分なりのキャリアデザインを考えて、必要な専門性や技術を高めていくために努力をして、個人としての成果が出せる。それが組織貢献につながり、業績が上がって会社が発展するという流れが理想でしょうね。

では、その逆が「よくない職場」ということですね。

見波さん:そうですね。各自が明確なビジョンを持たずに、上司に言われた仕事だけをやるような状況です。そんな状況で飲み会や雑談を一生懸命しても何も改善しないでしょう。必要なのは飲み会ではなく、先ほどお伝えしたような状態にもっていくための適切なマネジメントです。

いい環境があってこその飲み会。

見波さん:はい。適切なマネジメントが行われれば、部下は上司を信頼して、「この人の言っていることはためになる」「もっと話がしたい」「アドバイスが欲しい」という気持ちになって、「たまには行きましょうよ」と上司に声をかけたり、雑談がはじまったりするわけです。まずは今、この組織はどういう状態なんだろうと考えることから始めるべきだと思います。

飲み会も雑談も、いい環境であれば自然発生するんですね。

見波さん:ただ、あればいい、なければダメという二元論ではないと思います。
社内がガヤガヤと騒がしくて仕事なのか雑談なのかわからないという会社もありますが、それがいいかと言われるとわからないですよね。逆に、仕事の効率化を図って、就業時間中は一切雑談せずに全力で集中し、定時で帰って家族との時間を満喫するというのも素晴らしいと思います。要するになぜそうなっているか、が大事なんですよ。

見波利幸氏見波利幸氏

大切なのは部下から信頼されること

先ほど、適切なマネジメントができていれば、部下の方から上司を飲みに誘うという話がありましたが、上司にとってそれは理想ですよね。

見波さん:そうですね。部下から誘われるなら、マネジメントは成功していると思っていいのではないでしょうか。“コミュニケーションが大切”というのはよく言われていますが、やはり仕事あってのコミュニケーションなんですよ。仕事で信頼されていれば、コミュニケーションも活発になるはずです。

飲み会で仕事の話はしない方がいいという意見もありますし、逆にプライベートの話はしたくないという方もいます。上司としては、どんな話をすればいいかわからないと思っている人も多いのではないでしょうか。

見波さん:確かに若い人を中心に、職場の人がプライベートに踏み込んでくるのを嫌がる人はいると思います。でも、本当にその人は話したくないのか、といえば違いますよ。本当は話したいんです。自分はこんなことに興味があるとか、こんなことをしている時が楽しいという話を本来、人はしたいものなんですよ。だけど、そんな話をしたい相手じゃないから話さないだけなんです。

確かに、そうかもしれませんね。では、どういう人に話したいと思うんでしょうか?

見波さん:自分を尊重してくれる、認めてくれる人なら話したいと思うはずです。上司であれば、ちゃんと自分のことを考えてくれて、必要な時に必要なサポートをしてくれる人。そういう上司なら部下から信頼されるでしょう。プライベートな話は誰にとっても大切な領域ですから、安心できない人には話さないと思うんですよ。
まだ信頼関係ができていないのに、親しくなろうと根掘り葉掘り聞くのは順序が逆です。それをすると確実に嫌がられます。

どうすれば信頼される上司になれるのでしょうか。

見波さん:部下が仕事でどんな努力をしていて、どんなところでつまずいているのかをしっかり見た上で、適切に評価することが第一で、自分自身も彼をサポートする上で何が足りなかったのか本気になって考えることです。
そういったこともせずに「目標未達だぞ、努力が足りないんじゃないか」なんていうレベルでしか評価ができなかったり、自分の保身だけを考えている上司では、部下と適切な信頼関係は築けないでしょうね。それができない限り、雑談や飲み会をやっても無駄です。

信頼されれば自然にいいコミュニケーションがとれるようになる、と。

見波さん:部下にプライベートの話を聞いてもいいのだろうか、なんて考える前に、信頼されていれば向こうから聞いてきますよ。休みの日何してるんですかって。もし聞いてもらえないのであれば、それは上司側に問題があるということです。

そうはいっても、どうすればいいかわからない上司は多いでしょうね。

見波さん:そうですね。なにも上司ばかりが悪いわけじゃないんですよ。今の管理職世代は20〜30年前にマネジメント能力のない上司にガンガン攻められて、パワハラもセクハラも当たり前のように受けてきました。だから、今こんな時代になって、どうすればいいんだってなるのは当然ですよね。だからちゃんと会社が研修をして上司を育ててあげないとダメなんですよ。

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信頼される上司を、どうやって育成するのか?

会社としては何をすればいいんでしょうか。

見波さん:まず出世=役職になっているという構造的な問題があります。専門性に優れていて、業績を上げている人でもマネジメントに向いているかどうかは別問題なのに、実績を上げれば役職が付いて回る。
逆に専門性を高められない人でもマネジメントにすごく長けている人もいるはずです。でもそういう人は出世できないじゃないですか。
専門スキルがある人もマネジメントをやらされることで本来もっと磨けるはずだったスキルが伸ばせず、マネジメントも中途半端になってしまう。これってすごくもったいないことなんですよ。

確かにそういった面はあると思いますが、マネジメントに向いているかどうかという判断が難しいですよね。

見波さん:リーダーや主任になった時点で、マネジメントスキルが学べるリソースを社内につくるといいですよね。どんどん学んでもらって、ある程度スキルが高まった人を抜擢すればいいのではないでしょうか。本人も研修の時点で「全然興味ないな」とか「やりがいがある、もっと勉強してみたい」と感じるはずですから。

そういった研修は徐々に導入されていますが、形だけだったり、実際に機能していないことも多いですよね。

見波さん:そうですね。本当にやろうと思ったら全社員が受ける必要がありますし、たった1日でできるものでもないんですよ。
でも社内にその研修ができる人間が一人でもいれば、その人が全社員を指導すればいいわけです。その社内講師をつくるためにできたのが、今私がやっている認定協会なんです。

いろいろな会社を見てこられて、何が一番の課題だと感じられますか?

見波さん:経営者ですね。今の時代、経営者が何を大切にしているかということが問われています。業績至上主義の会社ってまだまだ本当に多くて、社長がすべての役員にプレッシャーをかけて、そこから部長クラス、課長クラス、リーダーへと降りていくという構図があります。もちろん業績は大切ですが、それよりも消費者に安全な製品を提供することだったり、あるいは顧客満足度を上げるとか、従業員満足度を上げるとか、そういった価値観を社長が持てば、ちゃんといい組織になっていくんです。

社長の考えを変えるのは難しそうですよね。

見波さん:たとえ社長が業績至上主義でも、たった一人の役員が、自分の統括している組織だけでもそういった価値観でマネジメントをすれば、その一部の組織だけは変えられます。部だけ、課だけ、チームだけでもいいんです。それで十分だと思います。

なるほど。いい組織にするために他に必要なことはありますか?

見波さん:いくら上司が本気になって育てようとしても、部下が無頓着だったら意味がないですよね。若い人って自分の幸せは仕事には無い、仕事は給料をもらうだけという感じで、プライベートと仕事を分けて考える人が多いんですけど、起きている時間の半分は仕事をしていて、そのすべてが辛い時間って本当に幸せなんでしょうか。やっぱりそこは仕事とプライベートが連動している方がいいはずです。
家庭を持って収入を得て子供たちが社会の中でいい生活ができるように頑張るという、役割を果たすのが幸せなら、それは仕事と連動しているはずです。
部下の育成や、専門性を高めて会社に貢献すること、なんでもいいので仕事の中でも自分の役割を見つけられれば、やりがいも働きがいも感じられて、自身も高まっていく。そのようにモチベーションを高く持つ人たちが集まれば、きっといい組織になるでしょうね。

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会社にとって、理想の飲み会とは

では、メンタルヘルスとチームビルディングの観点から、理想の飲み方とはどんなものだと思いますか?

見波さん:一番いけないのはコントロールできないくらいの量を飲むこと。なぜそうなるのかといえば、多くはストレスを抱えているからですよね。ストレスが溜まっていて睡眠の質が落ちる → 眠りたいから飲む、という悪循環です。
本来お酒ってそういう目的じゃなくて、おいしいから、楽しくってくつろげるからという理由で飲むものですよね。そのためにはガバガバ大量に飲む必要はないし、基本的に寝る直前まで飲んじゃダメです。

飲んでそのまま寝る人は多いと思います。

見波さん:夕食時に適度に飲むのが一番いいですね。寝酒しちゃうと睡眠が浅くなる上に利尿作用で中途覚醒を起こしやすい。でも寝る2〜3時間前に飲めば、2回はトイレにいけるので中途覚醒しないですし、入眠作用で寝つきが良くなるのでメリットだけを享受できます。

深酒はデメリットが多いということですね。

見波さん:もちろん、年に一回の忘年会とか結婚式など、たまにならいいと思いますよ。翌日が休みでしっかり睡眠が取れることが条件ですが。それを毎日22時くらいまで残業して、そこから上司が部下を誘って、週何回も飲みに行くなんて絶対にダメ。こういう飲み会は本当に無くなってほしいですね。睡眠が脅かされるのって一番のリスクファクターで、最低限守らないといけないところですから。

いい職場は部下の方から誘われるということですもんね。

見波さん:そうです。誘われないのであれば、なにか問題があるのかもしれないと、一度考えてほしいですね。

お酒自体はチームビルディングに効果があると思われますか?

見波さん:部下から誘う分にはプライベートの話ができたり、いい人間関係を作る場になりうると思います。ランチでもいいと思いますが、お酒には副交感神経を高めたり、緊張状態を緩和する作用があるので、コミュニケーションには有用ですね。

では会社にとって飲み会は必要だとお考えですか?

見波さん:必須ではないですが、部下に行きたいという気持ちがあるなら、率先して上司はそういう場を設けるといいと思います。

なるほど。今日は大変勉強になりました。ありがとうございました。

見波利幸 氏と青粒 永原社長

聞き手:井澤 博(宣伝ファクトリー)/ 和谷 尚美(N.plus) 
文:和谷 尚美(N.plus)
取材日:2019年9月5日

見波利幸

見波利幸

外資系コンピュータメーカー等を経て、98年野村総合研究所に入社。日本のメンタルヘルス研修の草分け。キャンノングループの人材育成会社エディフィストラーニングの主席研究員を務め、2015年より日本メンタルヘルス講師認定協会代表理事。

日本メンタルヘルス講師認定協会

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